個展レポートvol.3:共鳴した銀座
こんにちは!広報担当の河野です。
もずくとおはぎで活動をしてきて、よく感じることがあるんです。
ご縁に恵まれてるなーって。
本当に不思議なくらいそう思うことが多くて、今回お届けする銀座での個展も、ご縁が引き合わせてくれたからこそ実現できた個展でした。
URAKAWA Kohei SOLO EXHIBITION vol.3
「銀座奥野ビル306号室」との出会い
3回目の個展は、はじめから銀座に決めていたわけではありません。
ichirinの世界観を存分に表現できる場所はどこだろう。
そう考えながら、美術館の公募を調べてみたり、古民家のような空間も候補に挙げてみたり。
作品が「らしく」存在できる場所を探していました。
そんな中、弊社原の友人を通じたご縁から「銀座奥野ビル306号室」を知ることとなります。

かつて「銀座アパートメント」と呼ばれた奥野ビルは、詩人・芸術家・映画監督など数多くの著名人が住まれた高層住宅でした。
その一室「306号室」は、美容師として激動の昭和を生き抜いたひとりの女性が、最後の住人になるまで住まれたそうで、今も当時の面影を残したまま、さまざまなイベントスペースとして活用されています。
歴史を物語る306号室の魅力的な空間と、人の生き死にや栄枯盛衰を表現するichirinの世界観、ふたつが掛け合わされた個展はどんなに神秘的なものになるだろう…!
と、期待が膨らむ出会いでした。
2024.10.16~10.25『朽ち果てたとしても』

時代とは個や集団が織りなす
ただの一時的な悦。
長短の中に生み出される
様々な瞬間のどこを切り取るのか。
捨て去るのか。
必ず訪れる終わりに向かって
今からでも自分の居場所を見つけ出し
浸ればいい。
紡ぎ続けた己の喜ばしい無力確認と
引き継ぐ者たちに抱く
一方的で無責任な希望なのだから。
個展のテーマが決定し、いよいよ準備に向け走り出しました。
今回はなんといっても、開催場所が「銀座」。
突然の東京進出です。しかも個展です。
離れた場所で個展をするということ
事前準備の難易度
前回と大きく違ったのは、開催地が拠点から離れた「銀座」だったという点です。
事前準備の段階から、現地を何度も確認できるわけではありません。
展示空間のサイズ感や導線、どの作品をどれくらい展示できるのかは、浦川が現地を視察して得た情報をもとに、ある程度“想像しながら”決めていく必要がありました。
また、告知についても福岡とは異なる難しさがありました。
銀座という場所に、ichirinをどう伝えるのか。
どんな言葉で、どんな距離感で届けるのか。
ひとつひとつ試しながら準備を進めていきました。
そして何といっても、大変ありがたかったのは今回もたくさんの企業様に協賛いただけたということ。
ichirinは多くの方々に支えられ、活動ができています。心より感謝申し上げます。
会期中の持ち回り
会期中は、浦川が全日在廊。
メンバーも現地に入りましたが、どうしても行ける日数には限りがあります。
ほぼ浦川ひとりで、来場者対応・作品の説明・作品の管理を担い、体力的にも決して楽ではなかったと思います。
それでも、目の前で作品を見てくださる方の反応を受け取り、その場で言葉を交わす時間は、何ものにも代えがたい経験でした。

銀座奥野ビルならではの出会い
銀座奥野ビルという場所ならではの出会いも、この個展の大きな魅力でした。
同じビルの別の階で活動されている方々、イベントやお店をされている方との何気ない会話。
そして、福岡個展には来られなかったけれど、今回初めて足を運んでくださった方や、久しぶりに再会できた方々。
銀座という土地、そして奥野ビルという空間が、人と人、作品と人を、自然につないでくれているように感じました。
新しい刺激を受けると同時に、ichirinの作品が、これまでとは違う文脈で受け取られていく様子を、間近で見ることができた時間でもありました。
3つの個展を経て
佐世保、福岡、銀座。
3つの個展を重ねる中で、私たちは数えきれないほどの学びやご縁を受け取ってきました。
そして、出会えた方々の心にも、ささやかでも何かを届けられていたと感じています。
作品を展示することは、 単に「見せる」ことではなく、 空間と向き合い、人と向き合い、その場に生まれる反応を受け取ること。
その積み重ねが、 今のichirinを形づくっているのだと感じています。
おわりに
今後もまた、素敵なめぐり合わせの中で個展を開催できるよう、日々のご縁を大切にしながら活動を続けてまいります。
関連リンク:銀座奥野ビル306号室プロジェクト
URAKAWA Kohei SOLO EXHIBITION vol.3『朽ち果てたとしても』特設サイト



