福岡ポテトサラダ465浦川Q&A vol.1【誕生編】
同じ会社にいると、代表の浦川から出てくる一拍では飲み込めない話にはある程度耐性がついてきます。
とはいえ、「飲食をやる」「ポテトサラダでいく」と聞いたときは、さすがに二度見しました。
でも、話を聞けば聞くほど、これは思いつきの新規事業ではなく、
この会社が今のタイミングでやる意味のある挑戦なのだと見えてきます。
福岡ポテトサラダ465は、どうして生まれたのか。
なぜポテトサラダなのか。
そして、この先、何を実現しようとしているのか。
今回から3回にわたり、その輪郭を少しずつひもといていきます。
第1回は、その出発点からです。
1. なぜ今、飲食の新規事業だったのでしょうか?

発端は私の学生時代の環境。
母子家庭でしたので、生活費という面ではたくさんアルバイトをしてお金を工面し、日々を過ごしていました。ひょっとしたら、本来もっと有意義な時間の使い方もできたのかもしれません。
もう30年前の話ですが、現代にも同じような状況の学生たちがいて、学費や生活費のために長時間アルバイトをし、本来投資すべき勉強やキャリア形成に時間を使えていないのだとしたら。
これを社会課題の一つととらえ、本人の努力では解決しにくい環境や構造に対して「循環を実装したフォーマット」を創り出したかったというのが正確です。私たちならではのアウトプットが飲食の新規事業だったということになります。
短時間で高収入を実現する仕組み。できるだけ自走し継続的に回すために、日常に根ざした消費が必要になる。
飲食は日常に組み込まれている。
毎日利用される。繰り返される。
つまり、継続的に価値とお金が循環する装置になる。
今このタイミングでスタートした理由はシンプルで、「構想ではなく、実装できるフェーズに入ったから」です。
2. なぜこの会社が飲食をやるのか。一番大きな理由は何ですか?
私たちはこれまで、目に見えない価値を扱ってきました。
空気感、関係性、納得感、言語化。それらを設計し、人や組織の状態を変えることが仕事です。
ただ、それだけでは届かない領域がある。
今回の事業はその断絶を埋めるためのものです。
単に雇用するのではなく、
- 高い時給で働くことにより時間を解放する
- 業務を通じてキャリア形成を行い、ビジネス経験を積んでもらう
- 私たちが触れ合っている色々な企業との接点をつくり、社会に接続する
ここまで設計して初めて意味がある。つまり、飲食は目的ではなく、私たちなりの社会課題に対するアプローチ(手段)なんです。
3. この新規事業は“新しい挑戦”か、“延長線上”どちらですか?
感覚としては“延長線上”です。
表現方法が大きく変わっただけ。
これまで私たちは、WEBやIT、アートといった領域で価値を生み出してきましたが、やってきたことの本質は一貫しています。
それは、「目に見えない価値を設計し、人や組織の状態を変えること」。
空気感や関係性、満足感や感情の動き、気づきの発生。
そういったものをどう設計し、どう交差させるかに向き合ってきました。

今回の飲食事業も、やっていることは同じです。違うのは、WEBやアートではなく、“食”というより日常的な接点を使っていること。
つまり、新しいことを始めたというより、これまでやってきたことを、より生活に近い領域で実装したという感覚です。
だから、自分の中では無理なくつながっているし、むしろ自然な流れの中で出てきた選択でした。
4. この事業を「飲食」以外の言葉で表すと?
一言で言うなら、循環設計型のクリエイティブ事業です。
一般的に飲食は、商品を作って提供し、その対価を得るというシンプルな構造です。
でも今回の事業はその構造を私たちの従来のビジネスとかけ合わせて拡張しています。
消費者は安心安全な食体験を受け取る。その対価が、学生の高時給として還元される。
学生は短時間で収入を得ることで、空いた時間を勉強やキャリア形成に使える。
さらに、実務を通じてビジネススキルを身につけ、企業との接点が生まれることで、将来の選択肢が広がっていく。
つまり、『食→雇用→学び→キャリア→社会接続』という流れが、一つの事業の中で循環している。
私たちは商品を作っているのではなく、人と社会の関係性が動き続ける仕組みを設計している。そういう意味で、この事業は飲食ではなく社会の流れをつくるクリエイティブそのものだと捉えています。
5. なぜポテトサラダだったのでしょうか?


入口の広さと、奥行きの両立です。
ポテトサラダは誰でも知っているし、日常に溶け込んでいるため受け入れられやすい。
価格帯も「ちょっと寄ってみよう」と思える距離感にある。
これに無農薬野菜や無添加、手作りという要素を掛け合わせることで、品質や思想、こだわりをしっかりと乗せることができる。
さらに、家庭ごとに違う料理でもあるので、解釈の幅も表現の余地もある。
つまり、誰でも気軽に入れて、かつ深さも出せる実は稀有なジャンルだった。
間口が広くなければ循環は生まれないし、浅すぎれば価値が残らない。そのバランスを考えた結果が、ポテトサラダでした。
6. 福岡ポテトサラダ465は、何を売る事業だと考えていますか?
表面的にはポテトサラダを売っていますが、本質的にはそれではありません。
私たちが提供しているのは、
- 安心安全な食体験
- 人が交わる場
- 関係性の変化
- 学生の未来への投資機会
です。
お客様が支払われた代金は単なる商品の対価ではなく、そのまま社会の中で循環していく。
そして、その過程で学生の人生に具体的な変化が生まれる。
つまりこれは、消費を通じて社会に関与できる構造そのものを売っているとも言えます。
商品はあくまで入り口で、価値はその先にある。
7. WEBやアートでは届かなかった理由は何ですか?



WEBやアートは、どうしても“前提条件”が必要になります。
興味がある、理解しようとする意思がある、ある程度のリテラシーが必要。そういった前提を満たした人に対しては深く届く一方で、その前提で環境的に立てない人には、そもそも接点が生まれにくい。
今回、向き合う学生たちは、時間も余裕も限られている場合が多い。そうなると、「興味を持ってもらうところから始める」といったアプローチ自体が機能しないこともある。
その点、食は違う。
理由がなくても来られるし、知識がなくても受け取れる。
ただ“そこにあるから入る”という行動が成立する。
この差は大きい。
つまり、飲食は前提を揃えなくても接点を生み出せる手段なんです。そして、このナチュラルに発生する接点の中で、価値や機会を渡していける。
これが、WEBやアート単体では届きにくかった領域にアプローチする理由です。
8. 関係性は残したいですか?
関係性が残らなければ、この事業は成立しません。 重要なのはその場での体験が次の行動につながること。
たとえば、「また来たい」と思う。
「誰かを連れてきたい」と思う。
「ここで出会った人と、もう一度話したい」と思う。
その連鎖が起きたときに、初めて“循環”が生まれる。
さらに言えば、その関係性の中で学生と企業が自然なカタチで出会い、対話が生まれ、将来につながっていく。
これは意図的に設計している部分でもありますし、卒業して社会に羽ばたいてからの活躍を応援し続けたいですね。
つまり、消費ではなく、関係が積み重なっていく構造そのものが価値なんです。
9. 内野ビルの意味

この場所との出会いは、かなり大きいです。
正直に言えば、ここでなければ成立していなかった可能性もあります。
内野ビルには、すでに人の流れと文脈がある。ただ新しいだけの場所ではなく、時間を経た空気があり、そこに関わる人たちの温度がある。
その状態に対して、福岡ポテトサラダ465という存在が乗ることで、ゼロから作るのとはまったく違う立ち上がり方ができる。
つまり、場がすでに持っている情緒的価値を活かしながら、手触り感のある新しい流れを創り出すことができた。
これは、場所を選ぶというより、「どんな文脈に接続するか」を選んだ感覚に近いです。
10. なぜここで成立すると思ったのですか?



立地や物理的な条件だけでは説明できません。
この場所には、
- 人が自然に集まる流れ
- 新しいことを受け入れる余白
- 既存の関係性と未接続の可能性
が同時に存在していました。
こういう条件は意図的に作れるものではなく、積み重ねの中でしか生まれない。
だからこそ同じ業態でも、別の場所では成立しなかったと思っています。
福岡ポテトサラダ465は単体で完結するものではなく、この場所の文脈と結びつくことで初めて意味を持つ事業です。
場所を選んだというより、「ここでやる必然性があった」という方が正しいですね。
11. 会社の定義は変わりますか?
むしろ「何をやっている会社なのか」が明確になる感覚があります。
これまでも、私たちは制作会社でも、コンサル会社でも、アート会社でもないと思っていました。
やっていることは一貫していて、『クリエイティブで人や組織の“状態”を変えること』です。
ただ、それがWEBやアートという手段で表現されていただけ。
今回、飲食という手段が加わったことで、それがより分かりやすくなった。「形は違うけど、やっていることは同じだよね」と言えるようになった。つまり、定義が変わったのではなく、本来の定義が浮き彫りになったという感覚です。


背景を聞くほど、この事業はポテトサラダだけの話では終わらなさそうです。次回は、その思想をどうカタチにしていくのかを追いかけます。




