UIは仕様書に書ける。UXは書けない。
UXは、仕様書に書けない。
それが、UIとの決定的な違いです。
画面設計できても、使う人や状況が変われば、感じ方は簡単に変わってしまうため、
体験は、設計した通りには、うまくいかないことが多いです。
その前提をどう捉えるかで、UIとUXの向き合い方は、少し変わってきます。
UIとUXは、同じ感覚で扱えないことが見えてきます。
UIは「かたち」を設計する
UIは、ボタンの配置、色、フォント、動線など、画面に現れる「かたち」を整える設計です。
どこに何があり、どんな順番で情報が並び、どの操作が次につながるのか、
画面を見たときに、何をすればいいかが、すぐに伝わる状態をつくる必要があります。
「こう見える」「こう動く」という範囲までで、
その先の、どう感じたか、どう理解されたかまでは、UIだけでは判断がつきません。
UXは、「起きたこと」の話
UXは、画面そのものの話ではありません。
その画面を通して、
安心できたか。
迷わなかったか。
理解できたか。
など、使う人がどう感じたかを考慮しないといけません。
それらは、画面を設計した時点では難しく、実際に使われた際に判明するものだと思います。
同じUIでも、体験は変わる
同じ画面を見ていても、置かれている状況が違えば、受け取られ方は変わってきます。
例えば、道を探しているとき。 晴れた日の公園で地図アプリを開くのと、
雨の中で電車の時間を気にしながら開くのでは、同じ画面(UI)を見ていても、
感じるストレスや情報の重みは全く別物になります。
慣れ親しんだユーザーには「いつもの最短ルート」に見えるUIも、
初心者には「何から手をつければいいか分からない壁」に見える。
UIは「静止画」として設計できますが、UXは「動画」のようなものです。
この時間の流れや状況の変化を、一枚の仕様書で固定することには無理があります。
体験は、画面の外で起きている
UIは、仕様書に書ける。UXは、書けない。
なぜなら体験は、画面の中ではなく、それを使う人の「暮らし」や「心」の中で、
あとから立ち上がってくるものだからです。
ですが、だからといって「出してみないとわからない」と諦めるのは、
デザイナーの仕事ではありません。
仕様書には書けないその「一瞬」を、いかに高い精度で予測し、
UIの中に「意図」として仕込んでおけるか。
ユーザーが迷う隙を与えないほど、徹底的にシミュレーションを重ねて形にする。
その執念こそが、UXデザインの本質だと言えます。
それでもなお、最後はユーザーにバトンを渡すしかない。
どれだけ準備しても、UXの正解は、ひとつに絞れるものではないのだと思います。
設計した通りにはいかない。
けれど、こちらの意図が伝わった瞬間や、想像を軽々と超えるユーザーの反応に出会える。
正解が書けないからこそ、考え抜き、ずっと追いかけ続けられる。
だから、UXデザインは面白く、奥深いものだと感じています。



