『コミュ力お化け』たる所以
誰と一緒にいても楽しそう
そう言われることが増えてきました。だけど元々、そんな才能を持っていたわけではない。人と接する時には、いまだにうまく伝わらないことも多いし、思い込みで誤解することもある。
だからこそ、考え続けてきました。
「どうしたら、もっとちゃんと人と向き合えるか?」
この記事では、私なりのコミュニケーションスタンスと、その裏側にあるちょっとした取組みを紹介します。
いわば「コミュ力お化け」たる所以を、言語化してみる試み。
触れ合う人たちの計画
私は誰とどう関わるかを実はけっこう意識的に設計しています。人との関係は流れに身を任せているように見えて、実際はおおまかに意図した配分でたどり着く先は大きく変わる。
8割はすでに知っている人との関係を深掘りする時間。信頼や相互理解、共創の可能性を育てるには、これが要。
残り2割は新しい出会い。価値観や感性が揺さぶられる瞬間をもらうために、積極的に未知の人とも触れ合う。このバランスを意識して整えるだけで、人間関係がただの「広がり」ではなく「厚みと立体感」になる。
人と会うのがなんとなくではなく、ちゃんと想いを込めた触れ合いだからこそ、それだけで関係性の濃度が変わるんです。
深い欲を満たすために
そもそも、私は欲深い。「人のことをもっと知りたい、親しくなりたい」という欲が。そして、出会った瞬間から共通点や背景や興味関心を見つけようとする癖があります。
でも、ただ聞くだけではダメで、自分の話もちゃんと差し出します。共感してほしいなら、まずこちらが共感する姿勢を見せる。相手に踏み込んでもらうには、こちらが先に踏み込む必要があるんです。
もちろん、それは自然体のままやれるわけじゃない。どんなに親しくてもちょっとした気遣いとか、話の流れを感じ取るとか、ちゃんと努力が要る。
「分かり合いたい」という姿勢そのものが、関係性の土台になると思っています。
余白は優しさ
そんな土台があっても!
人をまるごと好きになるって、なかなか高いハードルです。全部を肯定できたら理想だけど、実際はちょっとハマらない部分も必ずある。
距離感バグって『何かかみ合わせ悪いなー』みたいなパターンも。
ということを前提にすると、最初からすべてを見ようとせず、何かのきっかけで「ハマる部分」が表れるのを期待をしながら焦らずに待つ。そして、そのタイミングが訪れたら、ちゃんとそこにフォーカスして接するようにしてます。
余白とは目に見えるモノだけを表すだけじゃなくて、気持ちの中にもある。これをあらかじめ持っておいて、完璧さを求めないこと。
そうすれば、いつも適切で無理のないスピード感でつながれるし、自分の中にも優しい目線が育つ。関係を良好に保つ秘訣だと思っています。
難しさウェルカム
それでも必ず訪れる「この人ちょっと苦手だな…」と感じる瞬間。そういう人と距離を取るのは簡単だし、いつでもできる。だからこそ試されている気がする。
相手との関係にどう工夫を重ねられるか、自分の中にどれだけ余白を確保できるか。
「コミュ力お化け」は別にナチュラルだけでできてるわけじゃない。私なりのアイデアと意思を込めて設計した理想の関わり方の一つのカタチなんです。
人との関係は、うまくいかないときほど奥が深い。変化があれば手応えも感じるし、喜びに変換される。
難しいからこそ、そこに向き合う価値があるんだと思っています。
人と関わるって、ほんとうに繊細で複雑な営み。「どう関わるか」の意識を持つだけで、世界の見え方がじんわり変わってくる。
コミュ力は生まれ持った資質だけじゃなくて、そこに色付けすることで自由に創り上げられる感性と技術の掛け算。
もし、この記事で何かを感じたのであれば、あなたなりのやり方で、あなたらしい関係性をデザインしてみませんか?
自分を育ててくれるのは、他の誰か以外に無いのですから。



